大峯山 龍泉寺の歴史
當山は真言宗醍醐派(総本山は醍醐寺)大本山であり、世界遺産大峯山寺護持院でもあります。また近畿三十六不動尊、役行者霊蹟札所の霊場でもあり、日本遺産にも登録されています。
白鳳年間(7世紀中頃)、修験道の開祖役行者神変大菩薩が大峯山にて修行の砌、山麓の洞川に下られた時、岩場の中から浩々と水が湧き出る泉を発見されました。 其の泉に只ならぬ霊気を感じた役行者はほとりに八大龍王をお祀りし、この地の安寧と修行者の安全を祈念されました。爾来、この泉を龍之口(たつのくち)、この地を龍神様の住まわれる泉から龍泉寺と名付けられました。
後、修験道中興の祖聖宝理源大師によって再興修行され大峯修験道の根本道場として修行者を迎える霊場となりました。
龍之口より湧き出る清水によって満たされた池は水行場としても名高く、修行者の身心を清める第一の行場となっています。
昭和二十一年洞川の大火には境内の建物殆どを焼失しましたが、昭和三十五年立派に伽藍の復興が為され、同年女人解禁されると共に瀧行場である龍王の瀧も整備されました。
境内の背に控える山奈良県指定の天然記念物となっており、広大な原生林が四季折々の美しい風景を楽しませてくれます。
大峯山
役行者神変大菩薩がお開きになった修験道の聖地。山頂には大峯山寺があり開山期(5月3日~9月23日)には全国より多くの修行者が登拝されます。
大峯山にて修行を重ねていた役行者が頂上の湧出岩にて祈りを捧げていた時、岩の中から激しい雷鳴と共に忿怒の形相をした蔵王権現が顕れました。役行者は蔵王権現こそ荒んだ世の中を御救いくださると感じ、大峯のご本尊としてこの地にお留まりいただきました。
その後、大峯山に雌雄の大蛇が住み着き修験者の登拝を阻んでいましたが、総本山醍醐寺を創建された聖寳理源大師によって大蛇は退治され大峯修験が復興されました。
平成16年にはユネスコ世界遺産にも登録され、未来に残すべき貴重な霊峯として継承されています。
修験道
修験道は日本古来の山岳信仰に神道、仏教、道教、シャーマニズム等が融合し発展した日本独自の信仰です。山岳自体を神であり仏であると仰ぎ、神聖なる深山に分け入り難行・苦行をおこない、神仏と一体となることで、精神力、胆力、霊力、智慧を身につけ、その力によって衆生を救済すると考えられています。
修験の道を歩む者は、野に伏し山に伏して修行する者として山伏と呼ばれ、また修験者・行者とも称されています。現在も多くの山伏が全国より大峯へと修行に訪れています。
総じて修験道は、常々水や空気をはじめとした多くの恵みをいただいている山岳(自然)に対して、深い感謝の気持ちを捧げることにその根本があることを忘れるべきではないでしょう。
本堂にはご本尊の弥勒菩薩をはじめ、役行者、聖宝理源大師、弘法大師、不動明王が祀られています。